序章 伝説の魔球投手たちへ──。

 魔球──。
 この言葉の持つ神秘的で謎に満ちた響き。そこには、信じられない奇跡を目撃したバッターや観客たちの驚きが込められている。

 そしてこれまで漫画の中に登場してきた幾多の魔球もまた、同じような奇跡と驚きに満ちていた……かというと、そんなことは全くなくて(笑)、そこはもう「漫画なんだから何でもアリ」とばかりに、野球ルールも物理学の法則も一切無視して曲がり、消え、数が増える驚異の魔球のるつぼ、魔球に魅入られた熱き男たちの戦う試験管と化していたのである(意味不明)!!
 何しろ生身のピッチャーの腕がグルグルと10回転くらいねじれたり(『どろんこエース』)、試合中に死人が出てもそのまま試合を続行しちゃう(『アストロ球団』)なんて朝メシ前。たとえ9回裏までに相手チームに109点差をつけられたとしても、9回裏で110点取り返して勝利しちゃう(『逆境ナイン』)っていう世界なのだ、ここは。
 極論すれば、魔球漫画は野球漫画の中の1セクションなどでは決してない。"魔球漫画"という独立した宇宙なのである。
 巷では野球漫画の代表作と認識されている『巨人の星』もまた然り。星飛雄馬がもし栄光の巨人軍ピッチャーとしての人生を「真面目に」考えているのだとしたら、決して魔球などには頼らないだろう、ふつう。それに花形満だって、体をボロボロにしてまで星飛雄馬の魔球だけにかまっていたら、いくら天才でも来期の現役の座は危ういに決まっている。
 だが彼らは、一人としてそんな周囲の雑音を聞く耳は持っていない。そこにはゲーム展開やチームワークなどの入り込む余地もない。ピッチャーが守らなければならないもの、それは魔球の絶対的な威力とおのれのプライドだけ。そしてライバルもまた得点のためでもチームの勝利のためでもなく、ただひたすらに魔球を打ちたいという願望だけで生きているのだ。
 ドラマの展開上、時々、魔球投手も「ここで魔球を投げればチームのみんなに迷惑がかかる」とか言ってみたりするコトはあるが、それもライバルが一言、「魔球を投げろ! おれの挑戦から逃げるのかッ!!」と一喝すれば絶対に逃げない。監督や医者が何と言おうと、年俸を半分に減らされようと投げる! 投げるったら投げる!! それが魔球投手の宿命なのである。
 これはある意味、現代のリアル志向のコミックの流れからすると大変危険な作品群であるとも言える。だってそうでしょう、世間一般のジョーシキがまったく通用しないんですから。
 本書では、そうしたアナーキーな魅力にあふれた魔球漫画の数々を、元祖魔球漫画といわれる昭和33年の『くりくり投手』(貝塚ひろし)から、現在連載中の作品まで約41本(プラス映画&テレビの魔球約24本)紹介している。
 ご一読いただければ、この序章で語っていることが決して誇張ではなくて、真実だったことがお分かりいただけるだろう。そして"魔球漫画"だけにこだわったことの意味も自ずと理解していただけるはずである。
 本書を読んで興味を惹かれた漫画があったら、ぜひ原典に当たって見ていただきたい。中には絶版のものも多いが、入手可能な作品もある。そして読まれた方はぜひ本書に対して「おめーの魔球の説明、ココんとこ違ってんじゃねーの?」とかいろいろツッコンでいただきたい。読んで面白かった漫画については心ゆくまで語る。それもまた失われ行く正しい漫画の楽しみのひとつなのだ。
 そんなこんなで話題が高まってくれば、ひょっとしたら絶版になっていて読めない作品も、出版社が復刻しようって気持ちになってくれるかも知れないしね。
 そうそう、ところで本書に紹介した作品の中で、特に第1章の『巨人の星』と、第2章の『なるほど科学型魔球』のコーナーで紹介した作品をまだお読みでない方にあらかじめ断りしておきます。両コーナーには魔球のタネ明かしが書かれていますので、これから読まれようとしている方はご注意ください。もっとも、魔球のタネを知ったくらいで楽しみが半減するようなハンパな魔球漫画は、本書の中には1作品も載っていないことだけは断言しておきましょう。
 さあそれでは皆さん、素晴らしき魔球漫画球場へようこそ。間もなく、魔球投手総出演・オールスターゲームの開幕です──。


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