1998年4月のある日、10数年来の親交がある里見桂氏から1本の電話が入った。明治時代を舞台にした探偵マンガをやりたいから協力して欲しいと言うのだ。
舞台は、日本が鎖国を解いてからわずか数十年後の明治末期。後の未来に誕生するはずの発明品を、歴史に先駆けて次々と発明。それを駆使して現代の科学捜査に匹敵する犯罪捜査を行なう……。そんな話にしたいのだと、里見氏は熱く語った。
その新鮮なテーマに魅了されたぼくは、その日以降、里見氏と共に、幾度となく夜を徹して、一条寺開(当時はまだこの名前は決まっていなかった)の人物像やその社会背景などについて語り合った。作品の全体像が見え始めてからは、一緒に江戸東京博物館や愛知県の明治村などを取材した。
原作者は多くの場合、編集者と打ち合わせをしてストーリーを決め、シナリオを書き上げたら、後は作画に関しては、ほとんどノータッチである場合が多い。
だがぼくと里見氏の仕事の場合はそうではい。ぼくが考えたプロットを元にして、その物語の中で、ぼくと里見氏、それぞれが描きたいテーマについてお互いが納得するまで徹底的に話し合うのだ。
この話し合いの中から、時には個人の限界を超えた斬新なアイデアが生まれることもある。今回は特に、里見氏の一条寺開に対する思い入れが強いだけに、うかうかしているとぼくの原作者としてのお株を奪われかねない素晴らしいアイデアが、里見氏の口からポンポンと飛び出してくる。
その結果、シナリオの密度が増し、ページ数が足りなくなって苦しむことが分かっていても、里見氏は決して妥協はしない。ならば遠慮は無用とばかりに、ぼくもアイデアを出しまくる!
こうして誕生した『HAIKARA事件帖』は、「マンガオールマン」から「オースーパージャンプ」へと掲載誌を変えながら、のべ4年に渡る長編となった。不定期掲載(後に隔月連載)にもかかわらず、その間、ずっと支持し続けてくださった読者の皆様には心から感謝しています。
ところで、この作品を連載中に、よく人から「一条寺開は未来人なんですか?」と聞かれることがあった。ある人などは「開は未来の宇宙パイロットで、宇宙船の事故で時間を逆行して明治時代へやってきたのだ。最終回ではその正体が明かされるはずである」と言い切った。
しかしそんな時、ぼくはいつもこう答えていた。開はどこにでもいる普通の人です。ただちょっと心に描く夢が大きくて、それを信じることのできる人だったのです、と。
夢は信じ続けれはいつかきっと叶う。これは開の信念であり、ぼくの最も大好きな言葉でもある。