Top 柴又名画座 No.210 Back
『宇宙大怪獣ギララ』 (1967年 松竹)

製作/島田昭彦
監督/二本松嘉瑞
脚本/元持栄美 石田守良 二本松嘉瑞
撮影/平松静雄
音楽/いずみたく
美術/重田重盛
出演/和崎俊也、ペギー・ニール、岡田英次、原田糸子、柳沢真一、藤岡弘
カラー シネマスコープサイズ 89分
 火星へ向かって航行中だった宇宙船AAB-γ号(アストロボート)は、謎の飛行物体に襲われ、その際に船体に付着した発光体を地球へ持ち帰った。だが実はその発光体は、特殊な反エネルギー物質ギララニュウムによって宇宙大怪獣ギララを封じ込めていたカプセルだったのだ。ふとした拍子にカプセルから出てしまったギララは、地球のあらゆるエネルギーを吸収しながら巨大化し、街を破壊し始めた!!
 この映画を初めて見たのはもちろん封切りのときで、確かぼくが小学校3年生になる直前の春休みのことだった。ストーリーは子供心にもあまり面白いとは思わなかったけど、このアストロボートのスマートなデザインと、東宝怪獣とはひと味違うギララの軟体動物的デザインにたちまち惚れてしまった。
 ぼくは映画館の売店で、母親にプラモデルのアストロボートを買ってもらい、ノートにギララの絵を描きまくった。バラード調の主題歌も東宝や大映の怪獣映画にはない洗練されたイメージがかっこよく、いっぺんで覚えた。
 松竹が作った最初で最後の怪獣映画は、こうしてそれなりに子供の記憶にも強い印象を残したのだった……。
 その後、テレビ放映を別にすると、大学時代に一度名画座で見ているが、今回はその時以来、およそ20年ぶりの再見ということになる。
 今回、あらためて見てみると、ストーリーに関しては、やはり、うーん……な部分が少なくない。宇宙船内では乗組員たちのまとまりのなさやスタンドプレーが目立ち、トラブルも続出、主人公である機長(和崎)の統率力を疑わざるを得ない(笑)。また、その機長と月ステーションの女性通信員(原田)とのラブロマンスや、機長に密かな思いを寄せている女性科学者(ペギー)との三角関係もありきたりなものでしかない。
 ギララニュウムを人工的に精製することがギララを倒す決め手になるという秘策も、すぐに思いついたワリには、なかなか用意できなかったりして、展開がもたつくのもイマイチな点だ。
 ということで、シナリオ的にもキャスト的にも東宝の布陣にくらべて圧倒的に弱い中で、特撮シーンの完成度は、当時としてはかなり満足できるものだったと思う。
 とにかく、しつこいけどギララとアストロボートのデザインは素晴らしい!! どちらもぼくは日本の特撮怪獣・特撮SFメカの中でベスト10に入ると確信している。

 ところでここからは完全な余談だけど、ぼくはこの映画のことを話すと必ず思い出す、ある記憶がある。
 それは、この映画が封切られてから半年くらいたった夏休みも近いある日の事だった――。
 放課後、クラスメートの守屋くんが、ぼくにこう話しかけて来たのだ。
「黒沢くん、怪獣好きだろ? 『宇宙ギララ』のレコード欲しい?」
「え?」と、ぼくは聞き返した。
「『宇宙ギララ』のレコード、あげるよ」
『宇宙大怪獣ギララ』のことを、守屋くんは『宇宙ギララ』と言ったのだ。そしてレコードと言ったのはもちろんソノシートのことだろう。ソノシートというのは塩化ビニール製の簡易レコード盤で、当時、子供番組の主題歌やミニドラマなどを収録したソノシートが人気だったのだ。しかし当時の価格で300円近くもするソノシートは、小学生の小遣いではそうそう買えるものではない高価な品である。それをわざわざむこうからくれると言い出すなんて、ぼくはまさかと思った。
 こう言ってはなんだが、守屋くんの家は6畳1間のアパートに両親と兄弟5人の7人で暮らしている。当時としてはそんな家庭も珍しくはなかったから、これだけでとりたてて貧乏というわけではなかったが、だからといって、決して彼の家にお金がありあまっているわけでもないことを、ぼくもよく知っていた。その守屋くんがなぜ……。
 ともかく家へ帰ってカバンを置いたぼくは、半信半疑ながらも守屋くんのアパートへと向かった。
 守屋くんの住むアパートは、帝釈天の裏手の現在は寅さん記念館へと向かう細い路地の途中にあった。凹という字を逆さまにしたような、1階の真ん中を薄暗い通路が縦に貫通している、木造2階建ての古ぼけたアパートである。
 その建物が遠くに見えてきたのと同時に守屋くんの姿が目に入った。守屋くんは、ぼくが来るのをアパートの前のコンクリの囲いに腰かけてずっと待っていたのだ。そしてその手には、確かに『宇宙ギララ』、すなわち『宇宙大怪獣ギララ』の描かれたソノシートのジャケットが大事そうに抱えられていた。
 その瞬間、ぼくは守屋くんを疑っていた自分を恥じ、心の中で守屋くんに詫びた。もしかして彼はそのソノシートを店から無断で持ち帰り、その処分に困ってぼくにくれると言い出したのではないかと思っていたからだ。しかしもし本当にそうだったとしたら、自宅の前で、彼がこんなに堂々とそのソノシートを持っているはずがない。
 安心したぼくは、すぐにソノシートを受け取ろうと手を出した。
 ところが、守屋くんはそれをぼくに手渡してはくれず、「黒沢くんちで聞こう」と勝手に決めて、ぼくの家の方へと歩き出した。
 ぼくは待ち切れず、「ちょっと見せて」と何度も言うのだが、守屋くんは「後で」と言い続け、とうとう家に着くまで一度も触らせてくれなかった。
 そしてぼくの家に着き、いざソノシートをプレイヤーにかけようと守屋くんがジャケットを開いてみると、何とそこにソノシートは入っていなかった。
「やっぱり……」
 ぼくは思った。守屋くんがぼくに理由もなくソノシートをくれるわけがない。始めからジャケットだけだったのだ。
 ところが、守屋くんは真剣な表情で焦っている。
「そんなはずないよ、家を出るときは確かに入ってたんだ!!」
「きっと途中で落としたんだ!!」
 そう言う守屋くんに引っぱられるようにして、今来た道を、また守屋くんの家までたどることにした。
 と、前方のアスファルトの真ん中に赤い平べったい丸い物が落ちている。
 守屋くんは駆け寄り、それを拾い上げて叫んだ。
「あった、宇宙ギララだ!!」
 果たしてそれは『ギララ』のソノシートだった。だが、無残にも車に轢かれて傷だらけになり、さらにジャリの凹凸が深く刻まれていた。
 一応ぼくの家へ戻り、プレイヤーにかけては見たが、案の定、針は飛びまくり、雑音だらけでとてもまともに聴けるものではなかった……。
「やっぱりだめだね……」
 ぼくはそう言って、プレイヤーのアームに手を伸ばし、再生を中止しようとした。
 ところが守屋くんは、
「待って! 聴けるよ!!」
 そう言って、必死の形相でスピーカーに耳を押しつけている。ぼくは、針が傷むと後で父親に叱られる……そう心配しながらも、そのまま聴かせてあげることにした。
 結局、守屋くんは、かろうじて聴ける部分だけを何度も何度も繰り返し再生し、約束通り、その傷だらけのソノシートを、ジャケットごとぼくの家に置いて帰った。
 だけど、守屋くんはなぜそれをぼくにくれるのか、その理由を最後まで語ろうとはしなかった。また、その後2度とこのソノシートのことを話題にすることもなかった。
 それからしばらくして、『宇宙大怪獣ギララ』は守屋くんが生まれて初めて見た怪獣映画だったことをぼくは知った。
 ここからはぼくの推測だけど、恐らく守屋くんは、生まれて初めて見た怪獣映画に衝撃を受け、その感動を心の中で反芻するために、どうしてもソノシートが欲しかったのだ。
 当時は、映画の記憶を自分の中で再生産するための拠り所となるメディアとしては、雑誌かソノシートくらいしかなかった。白黒テレビはすでにかなり普及していたが、テレビでは今のように映画を積極的に紹介したりはしなかった。映画はテレビを新興メディアと言って見下し、テレビはテレビで映画に敵愾心を燃やしていたからだ。
 そして守屋くんはソノシートを思い切って買ってはみたものの、自宅にはプレイヤーがない。だからといって、ぼくにただ「聴かせて」と言うのも男のプライドが許さない。そこでぼくにソノシートそのものを対価として供することで、せめて数度でも聴ければと思ったのではないだろうか。
 果たしてこの推測が正しかったのか、その真意を守屋くん本人に確かめることもなく歳月は過ぎ、やがて彼との音信も途絶えてしまった。
 聴けないソノシートも、かなり長い間我が家にあったのだが、いつしかなくなった。守屋くんの住んでいた古アパートも、もちろん今は跡形もない。

(2003/01/26)


[Top] | [Back]