2010年8月14日
あれはクーラー付けっぱなしの夏だった
ということで、1ヶ月ぶりの更新で、またまたお仕事ダイジェストっす。すまんス(笑)。
7/8
小学館版『ジュニア版日本の歴史』連動企画として、小学館のWebで公開予定の歴史家vsマンガ家対談第1回分の原稿が完成。メールで担当U山さん宛てに送る。第1回だからみんなの反応が心配だったけど、U山さんからも対談した先生方からも好評でホッとした。公開は8月上旬の予定で、すでにデザインも完成しているんだけど、本の発売時期との連動をにらんで遅れているようです。公開されたらURLも紹介しますね。
7月上旬
集英社の児童向け学習マンガ単行本の原作の仕事が遅れ気味だ。というかほとんど手が着いていない。今月20日締め切りなのに!
密かに締め切りは1回くらい延ばしてもらえるんじゃないかと、甘い考えでいたのだが、編集のI澤くんに電話をしてみると......「来月上旬まで締め切りを延ばして欲しい? それは厳しいな。マンガ家ももう待ってるから」と一言の元に却下されてしまった。
それでも頼み込んで、ようやく今月いっぱい時間をもらった。
さぁ、忙しいゾ!
ということで、大車輪で構成をまとめ、プロットを作成し、原作に取りかかる。
7/20
ぼくが昭和のおもちゃコレクションを貸し出し、その図版を使用した友人の本『学研ビジュアル新書 昭和子どもブーム』がようやく刊行となり、我が家にも見本の本が届いた。著者はミステリクラブ後輩の大崎悌造くん。昭和時代の人気ヒーローの思い出を、時代ごとの「ブーム」という切り口で振り返った本である。昭和30年代初めの『月光仮面』から、『レインボーマン』とか『ミラーマン』などの第2次特撮ブームごろまでのヒーローの話題と懐かしいおもちゃの図版が満載されている。当初は3月ごろ刊行予定だったとのことで、話はそのころから少しずつ進んでいたのだが、著作権申請に手間取ってこの時期になってしまったのだとか。
ということで、店頭で目にされたらぜひお手にとって見てやってくださいませ。
| 昭和子どもブーム (学研ビジュアル新書) | |
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8/1
7月いっぱいまで締め切りを延ばしてもらった集英社の学習マンガの原作第1稿が、1日おくれでようやく完成した。編集のI澤くんからは、若干の修正を言われたが、大改革ではないので数日で直せそう。ふー、よかった。
ただ、こちらは本名ではなくペンネームで出すつもりなので、考えて提示したペンネームに対して、I澤くんから手厳しい批評が。「この名前じゃそっけない感じがして子どもが親しみを持ってくれない。そもそも名前のような気がしない」などとさんざんな言われようで、「黒沢がどうしてもこのペンネームがいいというなら仕方ないが、そうでなければ考え直した方がいい」とまで。シクシクシク。けっこうがんばって考えたペンネームだったのに~~~。ということで、新しいペンネームを考えた。これでNGは出させないぞ!
新ペンネームの方は、いずれ機会があれば発表すると言うことで、ボツになったペンネームをここで大公開しちゃいます。そのペンネームとは......
岬 十二月
いいでしょ!? どうよ、自信作だよ。戸井十月氏の名前からヒントを得て、12月生まれだから十二月にして。その十二月と語呂の合う名字を付けようと、あれこれ言葉をくっつけてみて、いちばんぴったりする岬をくっつけた。
それで岬 十二月。えー、だめー? かっこいいのに岬 十二月。あれ、でも連呼しているうちに、なんかダサイような気もしてきた。うーん、やっぱだめかぁ。誰か使ってもいいよ、この名前(笑)。
8/1-8/6
昨年に引き続き、今年も柴又の友人T村さん一家が九州へ帰省するので、その間、愛犬のコジロー(ロングコートチワワ)とブン(キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル)の世話を頼まれた。
午前中にエサと水をやり、夕方に約30分の散歩。最近はたまにしか会わないが、それでも2匹ともちゃんとぼくのことを覚えていて、しっかりなついてくれている。また今年は、T村さんの娘さんの幼なじみで、わが家の隣に住む18歳のアルバイターSくんも散歩を手伝ってくれた。コジロー(左)は、数年前まではこのSくんを見ると猛然と吠えかかり、うっかりすると噛みついていたので、Sくんも始めは激しくビビっていたが、今年は少しおとなしくなったようだ。でもカメラに向かって微笑みつつも、Sくんはまだかなり腰が引けているようだ(笑)。
8/3
14:00、電車で池袋へ。サンシャインプリンスホテルのロビーラウンジで、手塚治虫公式サイトの連載コラム『手塚マンガあの日あの時』取材。今回のテーマである『三つ目がとおる』の連載が始まったころのお話を、当時の担当編集者の方にお会いしてお聞きする。とても情熱的な方で、お話も非常に面白かった。短いコラムの中で一部しか使わないのはもったいないほどの貴重なお話がいろいろ聞けたので、ぜひいずれ別の機会にも紹介したいなぁ。
8/7
13:30、電車で川越へ。今日は小学館のWeb企画歴史家とマンガ家の対談第4回目の取材があるのだ。編集のU山氏とは川越駅前で15:00の予定だったんだけど、川越に来るのは久々なので、ちょっと町歩きをしてみようとおもって早めに付いたのだ......が、しかし暑い、暑すぎる!! ということで駅周辺を歩いたらもうバテてしまったので、蔵の街の散策はあきらめて、駅ビル内のブックファーストで立ち読みをして時間をつぶす。だめじゃん!
と、そうこうしているうちに待ち合わせ時間になったので駅の改札前へ移動する。が、時間を過ぎてもU山さんが現れない。どうしたんだろう......と携帯に電話を入れてみると、何ともうむこうももう駅前にいると言うではないか。おかしいなぁ、と思ってあたりを見回すが、どこにも見当たらない。もしやと思い、こう聞いてみる「ぼく、いま川越駅にいるんですけど......ここでいーんですよね?」するとU山さん「違いますよ黒沢さん、川越駅じゃなくて川越市駅です!」ズガーン、何と待ち合わせは隣の駅だった。
結局、U山さんには先に現地へ行ってもらうことにして、ぼくもすぐに後を追って出発する。
あらかじめプリントアウトして持ってきた取材場所の料亭の地図を見ると、川越駅からでも歩いていける感じだ。じゃあ時間はまだ余裕あるし、徒歩で行くか! と歩き出した。が、そこで思い出した。今日は暑かったんだ......。日陰もほとんどない直線路をおろおろと歩く。歩く。歩く。水筒に入れてきた麦茶はとっくになくなっている。そしてようやく現地に到着したのだが、、、うー、取材前に死んだ。バタッ!
結局、取材はとどこおりなく終わり、おいしい料理もいただいて、大変楽しく充実した1日でした。暑くなければ。
8/10
14:00、電車で神保町へ。小学館クリエイティブで書籍担当のK村さんとコラム企画の打ち合わせ。
14:30、つづいて同じく小学館クリエイティブのT森さんと小学館の学習図鑑企画打ち合わせ。
途中、編集部内の廊下で、以前、『三丁目の夕日』のムックや『はとバス』の社史でお世話になったI田編集長とすれ違い、「ブログ更新してないね!」と言われる。確かに(笑)。なのでこうして焦って更新することに。。。更新チェックに来てくださっている皆さん、毎度申し訳ないです。
その後、17:00から集英社の児童書編集のI澤くんと打ち合わせの予定だが、少し時間があるから古本屋でも冷やかすか......と思ったらそこでハッと気付いた。
今日、I澤くんに返却しなければいけない資料を持ってくるのを忘れたのだ!! 一瞬、急ぐものではないから後で郵便で送ればいいか、とも思ったのだが、何となく返すのを忘れたのではかっこがつかない。ということで、急いで電車でいったん帰宅。I澤くんに少し遅れる旨のメールを打って、すぐに返却資料を袋に詰め、今度は車に飛び乗って再び神保町へ。
予定の17:00に15分ほど遅れて到着。無事に打ち合わせは行われたのだった。ふー。
8/11
手塚治虫公式サイトのコラム『手塚マンガあの日あの時』第12回の原稿を執筆。今回のテーマは先ほども触れたとおり『三つ目がとおる』誕生のあの時に迫ります。今回の原稿は、あまり悩むこともなくすんなり完成した。公開は9/1の予定です。
8/12
本当は連休の前後にやるべきことが山盛りなんだけど、近所の友人YちゃんとKちゃんから映画に誘われた。よく考えたらここ数日、ほとんど休んでない。そこで気分転換に誘いに乗ることにした。
車で向かったのは、ここもひさびさに来た、サティ市川妙典店の中にあるワーナーマイカルシネマズ市川妙典。そしてみたプログラムは『借りぐらしのアリエッティ』である。ジブリ映画は毎回、水準以上の完成度で大きく期待を外されることはないが、逆に言えば、ブランド人気が先行してしまっていて、前評判のワリに意外に肩すかしをくらう場合も間々ある。まーこれは、ジブリアニメの魅力をよく分かってないマスコミが、映画の公開前に、変な方向に期待感を誘導してるのが原因でもあるんだけどね。テレビの特番とかを見た後で映画を見ると「あれっ? こんな内容だったの!?」っていう感じでスカッと空振りしてしまうっていうかさ。果たしてこの映画はどうだろうか......。
![]() ©2010 GNDHDDTW |
オープニングは、ある夏、ひとりの少年が車に乗って叔母の家に預けられるところから始まる。まるでプレイステーション用ゲーム『ぼくのなつやすみ』を思わせるシチュエーションで期待が高まる。古い叔母の家の見せ方も存在感があっていい感じ。ただ、アリエッティたち小人族の見せ方が、ぼく的にはちょっとそっけなさすぎたかな。少年がこの家に着いてそうそうアリエッティをはっきりと目撃してしまうのが、もったいないという感じが。ぼくだったらもう少し気を持たせて期待感を高めていくのに、とか(笑)。
アニメーションとしての表現は、最初から最後までリアリティに徹していて、それはそれでアリだとは思うが、ここぞというところではもっとアニメらしいデフォルメが欲しかった。ストーリーはシンプルで特段大きな事件が起こるわけでもなく、若干、食い足りない感じが残る。大長編のプロローグだけを見せられたような感じなのだ。ラストは続編が作れるような終わり方をしているので、もしも実際に続編が作られるのなら、そちらの方が面白くなりそうな気がした。
ところで「借りぐらし」っていっても借りたものは返さないんだから泥棒じゃん! というあたりまえの突っ込みに対して、シナリオでは何らかの答えを出しておくべきだったのではないだろうか。って、こんな突っ込みは野暮ですか。そうですか。
投稿者 黒沢哲哉 : 14:42 | コメント (0) | トラックバック (0)

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2010年7月10日
夏タイヤ交換 TOYO TRANPATH MP4
旧聞になるけど、先月6月11日にフレンディの夏タイヤを新品に交換しました。
去年から、そろそろ使用中のタイヤにひび割れが出てきており、交換時期が迫っていたのだが、冬期はスタッドレスを付けていたので、この次期の交換となったのだ。
で、新たに装着したタイヤは、これっ!! トーヨータイヤのミニバン専用タイヤトランパスMP4である。
上の写真が装着後の TRANPATH MP4。サイズはフロントが 215/55R17、リヤが225/50R17と前後異サイズを装着。これは、フレンディV6の純正タイヤが、フロント195/80R15、リヤ215/70R15と前後でサイズが異なっているので、インチアップ後もこれに合わせたのだ。それと、大昔のエントリーで書いたけど、後輪の225/50R15を前輪にはかせると、若干フェンダーからハミタイしてしまうための対処でもある。
これまでフレンディのタイヤは、ブリヂストンのB500i→同じくブリヂストンのGRVと使ってきて、特に不満はなかったので、今回も無難にブリヂストンでも良かったんだけど、今回はネットでも評判が良く前から気になっていたMP4を試してみることにしたのだ。ちなみに、過去のCR-Xとパジェロではヨコハマを愛用。トーヨータイヤ自体が初装着なのだった。
購入と組み替えは、過去にも何度かフレンディのパーツを購入している環七の平野タイヤに依頼した。価格はタイヤ4本+交換工賃+バランス調整+廃タイヤ処理+3Dアライメント調整(平日割引価格)で79,800円也。
事前に電話で注文と作業の予約をしてあったので、午後2時にお店へ行ったらすぐに作業を開始してくれた。作業中、ぼくは近所のサイゼリヤで仕事をしながら待っていると、およそ2時間で作業完了の連絡が入った。タイヤの製造時期は2010年の21週と22週でした。
さて、今回のMP4であるが、まずトレッドパターンは上の画像のように、左右非対称パターンを採用していてタイヤのアウトサイド側が決められているので、タイヤローテーションをする際には、左右のタイヤを入れ替える事はできない(左右を入れ替えると回転方向が変わってしまう)。つまり基本的に前輪と後輪でしかタイヤローテができないことになり、ぼくのフレンディでは前輪と後輪のサイズが違うのでタイヤローテはできないことになる。まぁでもぼくの場合、前からタイヤローテはしないで前輪だけ、後輪だけという風に2輪ずつ交換していたので、またどちらかが先に減ったら2輪だけ交換する予定なので問題なしなのだ。
見た目でいうと、ショルダー部分がこれまで使用していたGRVよりも丸くなっているので、ぱっと見、タイヤが小さくなったように感じる。
で、問題の走りだけど、まず走行音が静かになった!。タイヤのトレッドがアスファルトを叩く「ジャワー」という音が車内に入ってこなくなったのだ。それから、停止から走り出すときの、タイヤの転がり出しが気持ちスムースになったような気がする。ファーストインプレッションはかなりいい感じ。
しかしマイナス面では、舗装の継ぎ目などでの「ゴトン」というショックがGRVの時よりも若干大きくなった気がする。
その後、関東近郊や会津若松への往復などで、一般道、首都高、常磐、東名、東北など、天候も快晴から豪雨まで1000kmくらい走ってみたけど、ドライでもウエットでもしっかりとグリップしていて、腰もしっかりしており、とても安心して走れる感じだった。これでGRVより1本5000円以上安いんだから、ネットでの評判がいいのもうなづけますね。
ただし若干、GRVよりも劣る点を挙げるとすれば、100Km前後で走行中に高速道路でのゆるい路面のうねりを拾ってしまってフワンフワンと車体が突き上げられる感じが、GRVのときより若干強くなったような気がした。まぁ、これも気分的なレベルで実際の運転にはほとんど支障ないものなんだけどね。
ということで、MP4、現時点では、ミニバン愛用者にかなりお薦めです!!
あとテストしてないのは、雨の中でのハードブレーキングと泥道などの走り。それと、どのくらい減りが早いかということですね。
何か気付いた点がありましたら続報を追記いたします。
投稿者 黒沢哲哉 : 00:31 | コメント (0) | トラックバック (0)

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2010年7月 7日
蒸し暑さの中でも疾り続けるしかない...ヒィ...
6/1
11:00、柴又のおもちゃ博物館で、大学のワセダミステリクラブ後輩でフリーライターの大崎悌造くんと待ち合わせ。大崎くんがこんど学研から刊行予定の本で、ぼくのおもちゃの写真を撮影して使いたいというので、まずはこの日、柴又のおもちゃ博物館にあるおもちゃを撮影する予定なのだ。
時間ぴったりに行くと、すでに学研のカメラマンさんと編集のY本さん、S野さんが来ていた。ほどなくして大崎くんも到着。
すでに先月中に撮影する品のチェックは終わっていたので撮影は順調に進み、午後2時、帝釈天参道の川千家でうな重の遅い昼食を食べて解散。
こういうのんびりした撮影なら歓迎なんだけどねー、来週には学研編集部での大量のおもちゃの撮影が待っているのだ。
6/5
午後、電車で新宿へ。京王プラザホテルでマジックショーを観覧する。以前、ぼくが原作を執筆し「少年ガンガン」に連載したマンガ『マジック・マスター』で監修をしていただいた、プロマジシャンの柳田昌宏氏が日本での現役を引退することになり、その引退記念ショーが開催されたのだ。
会場には、かつてお世話になった懐かしいマジシャンやマジックファンの面々が集まった。また、当時、ガンガンの編集担当で2年連続でアメリカ取材旅行へも行ったN川さんとも数年ぶりの再開を果たした。
19:00、ショーが始まった。ショーはディナーショー形式で、食事を食べながら和やかにマジックを観覧するというもの。久々に見る柳田さんのマジックはもとより、かつて『マジック・マスター』で足繁く柳田さんの事務所へ通っていたころにはまだ新人だったマジシャンたちも、すでに堂々としたステージをこなしていて時の流れを感じたりもした。
22:00、ショーが終了し、皆さんは二次会へと流れていったが、ぼくは仕事を残しているので帰宅。
『マジック・マスター』時代の忙しくも楽しかった日々を思い出しながらほんわかとした気持ちで帰路についたのだった。
6/7
10:00、車におもちゃを満載して五反田へ。学研の写真スタジオで大崎くんの本のおもちゃ撮影1日目。数年前に自分の本で同じような撮影をしたから段取りは慣れたものだけど、やっぱりハードです。大崎くんもおもちゃのことはよく分かっているので、いちいち説明の必要がなく、それが助かったかな。
ところでぼくは、学研ではおよそ25年ほど前に一度だけ『高一コース』で数ページのコラムを書いたことがあったけど、学研本社を訪れたのはそれ以来のこと。何でも新社屋ができたばかりだそうで、あのころとはまるで違うババーンと立派なビルになっていたので驚いた。
6/8
10:00、車で五反田へ。学研のスタジオでのおもちゃ撮影2日目。この日も撮影は順調に進み、明るいうちにすべてのおもちゃの撮影が終了した。
6/9
13:00、電車で神保町へ。集英社で編集のI沢くんと打ち合わせ。新しい仕事を依頼されたが、ぼくが通常3か月かけている仕事を1か月で上げてくれとのこと。んー、大丈夫だろうか......。
そのまま電車で高田馬場へ。手塚プロでI藤さんと次回ホームページコラムの企画打ち合わせ。来週は取材もあるので、その段取りなどもあっていろいろと面倒なり。
6/11
愛車フレンディのタイヤがそろそろやばいので、環七の平野タイヤにタイヤを注文してあった。そして今日は予約を入れておいた交換の日。どんなタイヤに交換したかなどの詳細は、後日、別エントリーをたてて報告いたします。
6/11-12
ミリオン出版のムック用の原作を執筆。しかし書き上がる前に手塚治虫のコラムの締め切りが迫ってきちゃったのでこちらは一時中断。
6/14-16
手塚治虫公式サイトのコラム『手塚マンガあの日あの時』第11回の原稿を執筆。資料はそろえてあったからすぐに書けると思ったら、意外にもてこずり3日もかかってしまった。ふー。
6/17
と、そうこうしているうちに、とうとうミリオン出版編集のT根編集長からも催促の電話が来てしまった! 「あー、すいません。もう半分以上書き上がってまして、あとちょっとで書き上がるところですんで、今日中には送ります!」と返事をして、原稿を......書かずにすぐさま家を出る。
13:00、電車で東銀座へ。昭和通り沿いの喫茶室ルノアールで、いそっぷ社社長のS藤さんと待ち合わせ。次回単行本企画の構成打ち合わせ。過去に雑誌に連載した記事を元に本を作る予定なんだけど、単行本の切り口に合わせてかなり書き直す必要がありそう。こちらが忙しくなる前に、ほかの仕事を片付けておかなくちゃ。
帰宅後、ただちにミリオン出版の原作の続きを執筆。23:58、日付が変わる直前に完成した原稿をメールで送る。
翌日、監修者のチェックでもOKが出たとのことで、ようやく脱稿した。ふー。
6/18
10:00、車に自転車を積んで、神奈川県の鎌倉へ。今日は手塚プロのコラムの取材なのだー。午後からは天気が崩れるという予報なので、車を鶴岡八幡宮の裏手の駐車場に預けて、自転車で出発。目的の場所を急いで回りながらデジカメに収める。平日だというのに鎌倉は観光客でかなりの混雑だった。
それにしても鎌倉に来たのは何年ぶりだろー。およそ20年くらいかしらん。由比ヶ浜に自転車を止めてボーッと海を眺めていると、ふと昔のことが思い出されてきた。
かつて小学館で仕事をしていたころ、ぼくはまだバイクに乗っていて、仕事仲間で旅とバイクが大好きな人が鎌倉に住んでいて、その人と鎌倉や逗子をツーリングして遊んだことがあったっけなぁ......なんてふと感傷にひたったりして(笑)。
そして午後、薄日まで差していた空は一転かき曇り、予報通りの雨となってしまった! 自転車は車に戻し、徒歩に切り替えるも、靴の中までぐしょぐしょ。後から来た手塚プロのI藤さんと合流するころには雨はさらに強まり土砂降りとなっていた。それでも何とか無事に取材を終え、鎌倉駅前でI藤さんと別れて帰途についたのは午後4時過ぎだった。
すると、そのころになったら急に雨が小降りになりはじめ、首都高に入ったころにはもう完全に止んでいた。
渋滞が始まっていたので、大黒パーキングエリアでちょっと早い夕食を取り、のんびりと帰宅。久々の鎌倉、楽しかったけど何だかドッと疲れた取材でありました。
6/20
10:00、電車で有楽町へ。この日、ここで開かれる大江戸骨董市で、おもちゃコレクター仲間のNさんとMさんとプチオフ会を開催するのだ。先日、一度もお会いしたことのないMさんにネットでの情報交換でお世話になったので、一度、ぜひお会いしましょうということになり、共通の知り合いであるNさんも誘ってプチオフを開くことになったのだ。
どうせならということで場所は骨董市会場に設定。ちょうどG-Diaryのコラムに使えそうな資料も見つかってホクホクのぼくなのでありました。
6/21
そうこうしているうちに、小学館の学習図書編集部のF田さんからも、やりかけていた学習まんがの原作の督促メールが入る。
こちらもそろそろ催促が来るんじゃないかと思っていたので、すぐに執筆に取りかかり、第2章第3稿を1日でアップした。なんだ、1日ですぐに書き上がるならこんなにギリギリまで引っ張らないで先に上げておけば楽だったのに、と思うのは素人の赤坂さ(笑)。やっぱギリギリにならないと本気の馬力が出ないんだなぁ。
6/23-24
雑誌「別冊漫画ゴラク」の連載マンガ『龍のおんな』第22話最終回の原作を執筆。2年間続いたこのマンガもいよいよ最終回。ラストは作画の和気先生が熱く描いてくれるといいなぁと思いつつ思いっきりテンションを上げて書いたけど、同時にいちまつの寂しさもありますね。
6/25-27
来週の取材のための資料マンガを読む。マンガを読むのが仕事。へっへっへ、うらやましいだろう、ってホントは仕事で読んでるとあんまり楽しくないんだよぉぉぉ(涙)。
6/29
16:00、電車で上野へ。とある料亭で小学館のマンガ家対談企画の取材3回目。記事はまだ1行も書いていないのに、取材だけはアポが取れたところからどんどん先行して予定が入ってしまうので、何だか話の中身が混乱しそうです。
7/1
雑誌「G-Diary」の連載コラム『あの日の僕に帰りたい』第41回の原稿を執筆。資料は早々とそろえてあったんだけど、記事の参考用にと集めた5本ほどのビデオソフトを見る時間がなく、書く直前になってあたふたと見ることになってしまった。
ふっふっふ、しかし僕には倍速での音声再生可能なスペシャルなVHSデッキがあるのだ! ジャーン!! と思ったら、そのカンジンの倍速機能が故障していた。な、なにぃぃぃ!? 仕方なく通常再生で見る。所要時間8時間(!)死んだ......バタッ。
それにしても、一時は5台もあったビデオデッキが次々と故障。現在はVHS2台とベータ1台しかなくなってしまった。これが故障したら困るなぁ。
7/3-5
手塚治虫公式サイトのコラムの取材で、福島県の会津若松を訪問。こちらも詳しくは後日、別エントリーで報告します。
投稿者 黒沢哲哉 : 22:46 | コメント (0) | トラックバック (0)

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2010年6月 4日
取材、取材、テープ起こし→(怒)→Atok2010購入
なんだかんだで、すっかり月イチ更新ペースになっていて済まんス。
ということで、今月もお仕事ダイジェスト......。
05/19
この日よりさかのぼることおよそ1ヶ月前、小学館の20年来のつきあいになる編集U山さんからお話をいただき、マンガ家さんの対談の記事構成をやらせていただくことになった。そしてこの日はその対談第1回目の取材日なのだ。
午後、電車で上野へ。本日の対談場所は上野公園内にある和風会席料理のお店韻松亭というところ(下の画像)。
上野公園の中にこんなお店があったなんて初めて知りました。小さいお店だけど落ち着いた静かな雰囲気で対談もばっちり盛り上がった。
5/22
一昨日に続いて第2回目の対談取材日。記事は月イチペースで書く予定なんだけど、対談していただく方のスケジュール優先ということで前倒しの取材である。
ということで今日は電車で根津へ。少し早く着いたので路地を散策する。知らなかったけど、このあたりすっかり観光地になってるんですね。それも昔の江戸風情を残しているからか、外国人観光客がものすごく多くてびっくりした。
本日の対談場所はふるかわ庵という、茶室風の料亭です。その対談のテーマから、毎回編集のU山さんが和のテイストの場所で探しておられる模様。
この日もおいしい料理を食べながら対談は大いに盛り上がった。
掲載媒体や対談していただいた先生方のお名前、詳細な記事の内容などは解禁となりましたらこちらにも書きますね。
6/2~6/3
先日取材した対談記事第1回目分のテープ起こしをする。およそ4時間半分である。が! 録音したファイルを聴きながらエディタで打ち込んでいくと、MS-IME の変換のあまりのヒドさにキレそうになってきた。いや、今さら MS-IME のヒドさに気がついたわけじゃないんだけど。
PC-9800互換機時代にパソコンを使い始めてまず使った日本語入力FEP(Front End Processor)は、管理工学研究所の松茸だった。その後、DOS/V の時代になっても依然、松茸を愛用。しかし Windows3.1 に移行して松茸が使えなくなり、以後は仕方なく MS-IME を使い続けてきた。
まぁ、松茸もそんなに賢いFEPだったわけではないので、MS-IME も文章を考えながら少しずつキーを打っている分には、それほど不便にも感じていなかった。しかし! テープ起こしで音声を聞きながら素早くタイピングしていると、その糞っぷりがどんどん際立ってくる。
例えば、良くある同音異義語の入力で「はし」と入力して「橋」に変換確定したとする。次に「はし」と入力して変換すると「橋」になると思ったら「端」になる。で、もう一回変換キーを押すと「橋」になる。つまりこの時点で1回余分なキー入力が必要となる。で、次に「はし」と入力して変換するとどっちになるか......この場合はなんと「橋」になる場合と「端」になる場合の両方があって、どっちになるかは変換してみないと分からないのだ。これではキーをたたくリズムが乱されるばかりだし、変換候補が通り過ぎてまたさらに変換し直さなければならなかったり......。あーもう!!
ということで、テープ起こしを中断してぼくはある重大な決断をした。そうなのだ、ここはもう変換効率がいいという噂の Atok を導入するしかない!!
ということで仕事を中断し、ジャストシステムのサイトからAtok2010試用版をダウンロードしてインストールし、今のキー配列に近くなるようにざっとカスタマイズをして使ってみた。するとこれがイイ!! 入力した内容から変換候補の優先順位をダイナミックに変えてくれるのと、すでに確定した文章も含めて、文章の前後関係から変換候補を出してくれるので、日常会話程度のボキャブラリーだったら、いくつもの変換候補から目指す漢字を選び出すという手間が、体感で MS-IME の5分の1くらいに減った!!
ということで、1時間ほど使ったところで、すぐに Atok2010 正規ダウンロード版を購入して再度インストール。その後、細かい部分までMS-IME時代のキー設定に限りなく近づくようにカスタマイズして現在も使用中である。
MS-IMEからの乗り換えによるマイナス面は、うちのパソコンのCPUパワーが低いからだとは思うが、キーを高速に入力すると、MS-IME よりも若干もたつく感じがすること。しかしそれを上回る変換精度で、入力はかなり快適になった。こんなことならもっと早くに乗り換えておくんだったなー。
| ATOK 2010 for Windows 通常版 | |
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おまけ
先日千葉県の某所に出かけた際に立ち寄ったファミレスサイゼリヤ。そこのコーヒーベンダーに貼ってあった手描きの貼り紙を紹介しますね。これ、なんとコーヒーとミルクのミキシングの裏技なのだっ! んー、「裏技」と聞くと、かつて少年雑誌にファミコンの記事を書いていたころの習性が残っていて、ついついピクーンと反応してしまうんですよね~。ということで無断転載(笑)。ただし他のサイゼでこの技が使えるかどうかは保証の限りではございません。あしからず。

投稿者 黒沢哲哉 : 16:55 | コメント (0) | トラックバック (0)

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2010年5月 9日
GWはクルマで都内近郊を東へ西へ
今年の連休は基本仕事だったんだけど、それなりにいろいろあって、都内周辺を車であっちこっち走り回っていました。
![]() ©2010 INCRIMENT P CORP. |
5/2
午後、天気がいいので自宅前で車のメンテナンスをしていると、電動アシスト自転車に乗って、高校時代からの友人であるリキが「よお~」と現れた。リキは新しいデジタル一眼レフを買ったので、自転車で走り回りながら撮影テストをしていたのだとか。
ぼくもちょうど車いじりがひと段落したところだったので、「ファミレスでお茶でもする?」と言ったら、「それなら俺の秘密基地に来ない?」と誘われた。
リキは亀有在住だけど八潮に大きな倉庫を借りていて、そこに愛車やラジコンや遊び道具などを持ち込んで秘密基地にしているのだという。「ぜひぜひ見せて!」と言って、さっそくフレンディにリキの電動サイクルを積み込んで八潮へと向かった。
三郷や八潮周辺のこのあたりは、よく深夜にあてもなくドライブをするときにたまに走ることがあるんだけど、昼間に走るのは何年ぶりだろうか。ゴールデンウィークだから道が混んでるかと思ったら、意外にも都内近郊はガラガラだった。
ほどなくして住宅街の一角にあるリキの秘密基地に到着。そこにはリキの仕事仲間のSさんもいて、Sさんのカスタムバリバリの愛車やリキの秘密基地内部などをいろいろと見せていただいた。
あー、ぼくもこんな秘密基地欲しいなー、と言ったらリキが「車を整備する時とか、必要があったら使っていいよ」と言ってくれたんだけど、今ではここにこもって車いじりをするような時間もないしねー。
5/3
8:30、車で家を出る。近所に住む友人YちゃんとKちゃんのふたりをピックアップして幕張へ。今日は幕張メッセでフリーマーケットが開催されているのだ。
このメッセのフリマは毎年恒例だそうで、YちゃんとKちゃんは去年、別の友人と行って面白かったのでぜひ行こう、と誘われたのだ。
京葉道路は、電光掲示板の表示で40分の渋滞だったので、あきらめて国道14号を走ることにした。が、こちらも全体的に混んでいて時速20~30kmでのノロノロ運転が続き、およそ1時間で現地に到着した。
広い会場人はで埋めつくされていて、はぐれそうだったので、集合時間を決めて各自自由行動とする。ぼくはひさびさのフリマなのでテンションが上がり、人ごみをかきわけて各ブースを入念に見ていく。
結果、残念ながら期待していた昭和レトロな駄玩具はほとんどなかったが、新しめのおもちゃを少々と、夏物のシャツを数点格安でゲットした。
その後、Yちゃんが四街道にあるお店へ行きたいというので四街道へ。最後はサイゼリヤで遅い昼食を食べて帰宅した。
5/4
午後12:00、車で家を出て友人をピックアップし、所用で新横浜へ向かう。四つ木から首都高に乗って湾岸から羽田方向へ向かうつもりでいたら、途中で渋滞45分の表示が。しかたがないので乗ったばかりの高速をすぐに下りて下道で渋滞箇所をパスし、日本橋から再び首都高に乗る。ここからは比較的順調に流れており、東神奈川まで。およそ1時間で新横浜に到着した。
友人の用事が終わるまで、ぼくは駐車場に車を止めてその中で仕事をする。2日に新しく追加した装備もなかなか快適だ。
18:30、用事が終わり、帰路につく。が、帰りはなんと首都高渋滞90分の表示が。そこで高速はあきらめて国道1号から帰ることにしたが、こちらも予想通りノロノロ運転で、結局、柴又まで2時間もかかってしまった。
しかし最近、あまり車に乗っていなかったので、連日ドライブできてとっても楽しかったです。
ただ、この連休中にフレンディに相次いでトラブルが発生してしまった。まず、3日にETCが不調になってしまった。ETC車載機にカードを入れるとちゃんとグリーンのランプが点灯して認証は完了するのに、ゲートを通過するときに2回に1回の割りでエラーが発生してバーが開かないのだ。
通過するまでゲートが開くか開かないか分からないのでは危なくて使い続けるわけにはいかない。結局、帰宅後にネットでETC車載機を注文し、4日は有人ゲートを利用した。新たに買ったETC車載機のレポートはまた後日。
そして4日、今度は助手席の電動ドアロックが故障してしまった。ドアロックを操作するとドアの中から「ギギギギーッ」というギヤが滑る音が聞こえてきてドアロックがかからない。これは帰ったら修理だな。
投稿者 黒沢哲哉 : 18:46 | コメント (0) | トラックバック (0)

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