『恍惚の人』 (1973年芸苑社作品)

監督/豊田四郎
主演/森繁久弥、高峰秀子、田村高廣
白黒 101分
 ボケ老人をテーマとした有吉佐和子の同題の小説を映画化したもので、公開当時、かなり話題になった作品なんだけど、ぼくは見ていない。原作も読んでいない。どーもこういった深刻なテーマを扱った作品は苦手なんだよね。それは、解決のできない問題を目の前に突きつけられ、自分が逃げ場のない場所に追い詰められてしまうから。
 例えばそれは、ぼくが健康診断が嫌いなことと根っこは同じなのかも知れない。もしも深刻な病名を突きつけられたら…そう思うと、知らない方がいいと思ってその場から逃げてしまうのだ。
 当時はそうやって誰もがボケ老人の問題を“なかったこと”として見ないようにしていた。それをこの小説が“初めて”正面から捉らえたのだ。森繁久弥演じる老人が、妻が亡くなったことが引き金となって、突然、老人性痴呆になる。今ならば誰もが「あっ、おじいちゃんがボケたぞ!」とすぐ理解するのだろうが、映画では「おじいちゃん、いったいどうしたんだ!?」みたいな会話がけっこう長く続くあたりが、当時のボケ老人に対する社会的認識の現状を象徴している。
 この作品に救いがあるとすれば、家族みんながそれぞれの立場で愚痴をこぼし、文句を言いながらも、老人に対して最後まで愛情をそそいでいることだろう。元気なころにはいびられ通しだったという嫁(高峰秀子)が、その義父のために献身的な世話をする。その姿には心底ホッとするものがある。結局、ボケ老人問題に関しては何も解決しないんだけどね。恐らく、豊田四郎監督の作品でなかったら一生見なかっただろうな。
 映像表現的には、雨の中を徘徊する森繁を高峰秀子が必死に探し回るシーンの、レンズの前に雨を伝わせ、涙で曇ったような映像が印象的であった。
 やー、それにしても重いわ。

(1999/06/03)


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